発想するには紙に書き出すのもツイッターに書くのも同じだと思う
前からツイッターにその時考えているお題をつらつらと綴っていた。
特に結論がない場合でも、ツイッターなら書けるわけです。
普段はお腹が空いたとか、テレビの感想を書いたりしてるわけで、瞬間瞬間の感想の垂れ流し的な意味が大きい。
で、久しぶりにツイッターに書いてみると気付きがあった。
企画力っていうのは、ほぼクリエイティビティと同じ気がする。
なんとも鍛えようがない。
もちろんマネからはじめて、その後は組み合わせってことなんだけど、その過程でどれを選ぶかっていうのはセンスだからねぇ。
なんとも堂々めぐりの話になってしまう。
実はあるかないかのものなのかも。
— yohn (@yohn12) 2013, 11月 19
あー!だいたいわかった。
内田樹先生がアナグラム(スペルを入れ替えるやつ)について書いてて、当事者は無意識にやってると。村上春樹も回文が得意。これは音をいじくってる。
ってことはクリエイティビティがある人は、無意識に概念のようなものの組み合わせを普段から入れ替えてるわけだ。
— yohn (@yohn12) 2013, 11月 19
反対にしたらどうだとか、大きさをかえたらどうなるとか、違うものと組み合わせたらどうなるってのを普段からやってる。
そうすると、正にそれが発想法なので、色々浮かびやすい人になるってことだな。
そりゃ鍛えられんわな。クセみたいなもんだ。
ダジャレばっかり言ってる人と同じレベル。
— yohn (@yohn12) 2013, 11月 19
一個目で最近考えているお題を書いてみたわけです。
そうするとどうなるか?
自分のタイムラインに流れてくるんですね。そうすると、自分が抱え込んでいた意見ではなくて、他人が書いたもののように見えます。
そうなった瞬間、他人の意見に対するツッコミのような形で新しいことが思いつくんですね。
こういうのって、まず紙に書き出しなさいという方法でよく言われています。
しかし、ツイッターでもその効果が得られます。
大事なのは抱え込まずにアウトプットしてしまうことでしょうね。
友達に話すというのもありますけど、その場合、相手がちゃんと受け止めてくれるかどうかっていう問題があります。
私の場合は、ノートも使っていますが、ツイッターに書いて後からそのツイートを眺めた方が「他人度」が高いような気がします。
一方、ブログは自分の文体だし、自分のブログに書いてあるということで、「他人度」がやや低いんですね。
あと、ブログの場合はその瞬間に頭に浮かんでいるということより、もっと文脈にそったり、練り込んだことを書いてしまうので、発想の尻尾をつかむということになりにくいと思います。
論考を深めるという方向には向いているとは思いますけどね。
ま、結論としては、手で書くのも、ツイッターで書くのも、ブログで書くのもそれぞれ役に立つよってことですね。
どう考えても現代って情報のインプットが多すぎてバランス崩してるんですよね。